わたモテ、冷蔵庫の裏

わたモテを最新話あたりまで読んだ 面白い群像劇じゃ 物語前半の孤独な学生生活パートと、後半の新しくできた友人達との群像劇のパートどちらも別種の面白さがある

主人公は、二年時の修学旅行をきっかけに友達ができていき孤独状態から脱却する 主人公視点の描写は少なくなり、主人公と主人公をとりまく友人達の群像劇へと変わっていく 世界の傍観者だった主人公が、世界に受容され同化していくプロセスを読者の儂は見届ける これを眺めているのは寂しい なぜなら、このプロセスは死のプロセスに近いから 面白いという感想とは別の軸で、自分に懐いている老いたぺットに対してああお前はもうすぐ死ぬんだなみたいな寂しい気持ちがこみあげてくる(物語というものはえてしてそういうものなのだが)

こういう高校生活の創作物を読むたびに自分の高校生活を思い返してしまう 昼飯は一人で食べ他人の会話をラジオ感覚で盗聴していた 高校で新しくできた数少ない友人W氏とは、ある日友達になって下さいと面と向かって言われ、よろしくお願いしますと握手をする儀式を通じて友人になった(この行動力が羨ましい) 高校生活でまともに会話をしたのは、W氏とリピリピちゃんを生み出したO氏、その友人M氏、部活のD氏、O氏くらいか 孤立無援な状態ではなかったし、いじめられるということもなかった そういう意味で儂は運がよく環境に恵まれていたんだなと思う