化物語のアニメを観ている
やっぱり一度原作を読んでおくと普通に観れるな
内容を把握してるので、その分じっくり演出を感じる余裕ができるというか
原作にあった、主人公の内面の語りは殆どカットされている
その分視覚的な演出がふんだんに盛り込まれている
やはり映像作品になると、性質上作品の視点が主人公から離れる感じがするな
「イメージの人類学」という本を読んでいる
こういう本を読んでも、大学の文系教養の授業のように頭の中に何も残らないことが殆どなのだけど
本の中で紹介されていた「実生活の不可量部分」という概念がかなり気に入って、印象に残った
結局自分の中にある問い、関心に関係するものしか吸収できないんだから、儂には教養が一生身につかないのだろうな
もちろん儂はキャラクターの実生活の不可量部分について考えている
キャラクターを、規範的な属性の束とみなしている内は決して捉えられないもの キャラクターが世界の中で生きている中で持つ雰囲気、感情や関心、小さな行為や心遣いの機微
それらは本当に小さなものの集まりであり、量的に評価することはできないもので
そういうものが積み重なって、実在しないキャラクターの血肉が形成されていくのだと思う
儂がアニメに求めているのは、キャラクターの実生活の不可量部分を描くこと
原作を持つアニメの多くが、原作のシナリオに演出を加えた、いわばリメイクになってしまうのは理解できる
しかしそれでは、実生活の不可量部分を捉えるのは難しい 原作の展開を追うために急ぎ足になり、小さな描写を積み重ねるような余裕がなくなってしまう
原作の時間軸にとらわれず、アニメだからこそできる不可量部分の描写に力を入れてほしい、と思っている
*1
*1:よつばとの作者が言っていたこともこのことだと思う